御金蔵稲荷 (E)

2011年6月11日 Posted in 地蔵・神社など(北・西・東部)

時は享保19(1734)年、12月24日。甲府城から小判や甲州金など約1400両(現在の1億円以上)が盗まれる大事件---甲府城御金蔵(ごきんぞう)破り---が起こる。
 その9年後、百姓の次郎兵衛が御用に。次郎兵衛は勤番支配屋敷に奉公し、水番として城内に出入りしているうちに、大手門の渡り櫓(やぐら)に納金があることを知る。そして、12月24日夜。石垣を伝い鉄砲狭間から城内へ忍び込み・・・。田畑を購入したことから足がついた。
 この事件をきっかけに綱紀粛正がすすめられ、城内には頑丈な御金蔵がつくられた。
 事件後、御金蔵は現在の県庁正面入口近く(スクランブル交差点のやや北側、信号の辺り)につくられた。
 その後、明治6年の廃城令で城内の建物が壊され、移築されるなか、御金蔵は残り、甲府中学(現在の甲府一高)が城内にあった時には体育倉庫として使われていたそう。
 昭和の初め、甲府中学の移転に伴い、御金蔵は朝日町に払下げに。"御金蔵稲荷"に生まれ変わりました。御金蔵破り後につくられたことから"盗難除け"のご利益もあるとか・・・。
写真・・・甲府空襲で焼失したので、現在は復興された2代目。今でも御金蔵をめぐる謎は多く残されたまま・・・

【住所】朝日公園内